JCDデザインアワード2010審査員選評
金賞受賞作品
[9hナインアワーズ京都寺町]
/ナカムラデザイン事務所
カプセルホテルは過酷な商売だ。サービスという商いの原則からみれば、これは商売の表現の極北でもある。そこまでしなくてもいいのではないか、といったさめた視線が投じられる中での商売なのだ。ましてやこの案件の現場は京都である。文化品格攻撃光線を浴びなければならない。ことさらに過酷なのだった。商業空間のデザインはそうした商売の過酷さと常に向き合う。しかし時に、うまく向き合うことによって、デザインを生き物のように躍動させることができる。このカプセルホテルのデザインは、そうしたことのしなやかな現実である。
『9hナインアワーズ京都寺町』は、需要(寝るだけの9時間)と供給(効率のいい積層カプセル)双方からの要請を即物的に表現した施設である。ホテルのアトモスフィア(豊かさとかラグジュアリー感)の一切を断ち切り、物語性を漂白した空間が提示される。受付、シャワー、歯磨き、トイレ、就寝といった行為が目的以上の何物をも伴わず即物的にプログラミングされる。施設全体に行きわたるのは「これでいい」という断定、気持ちのいいミニマリズムだ。デザインの力技といっていい。3人のデザイナー(プロダクト、グラフィック、インテリア)のコラボレーションによるモノリシックな空間は、デザインの差配によってカプセルホテルを脱却し、その上であらためて商売と向き合い、京都の街の中に「9時間を滞在する新しい町家」をつくり出した。商業を媒介し状況を切り開いたことにおいて、『9hナインアワーズ京都寺町』は今年の応募の中で群を抜いていた。
[JCD理事長 飯島直樹]
年鑑日本の空間デザイン2011 / 六耀社