KU/KAN賞2011 選評
第5回KU/KAN賞
[環境と共生する空間のプロデュース] 赤池学
実に多くのモノを、ヒトはつくり出してきた。とりわけ産出する分量と「未知のモノをつくり出す」ことにおいて、20世紀は抜群の時代だった。かなりの未知をヒトは実現できた。一方で、人を含めた生命圏を形成するのは地球の極薄の表面膜でしかない。地球の生命圏は、その膜の中身を外部に放出することなく膜の内側で延々と循環している。地球を1mの球とすると、生命はその表面1mmの膜の中に押し合いへし合いしながら均衡し、誕生と消滅を循環しているのである。しかし20世紀を終えた今、人がつくり出すことの過剰さと地球の循環に亀裂が生じ始めている。
2011年3月11日。日本人は原子力発電という「未知のモノをつくり出す」ことの結果において、心の中のパンドラの蓋を開けてしまった。
循環という均衡の崩落。20世紀の愚。環境、エネルギー、食料と連鎖する今後の100年の宿痾を、われわれは世界に先駆けて覗き込んでしまったのだ。
第5回KU/KAN賞の選考はこの日を前後して行われた。影響がないはずがない。
いくつかの候補。ショップデザインの際立ち、都市環境の未来への視線、都市の生成、そして今回は空間デザインの批評までが選考の対象となった。 その中で、われわれは環境の「循環」を巡るデザインの思考を今年のKU/KAN賞に選定した。赤池学のコンテンツデザイン(サイエンスと技術を環境に取り入れる手法)である。 デザインはアートの分野で仕分けされがちだ。姿形をともなうから、どうかすると威張ってしまう。だが今回の受賞対象はそうではない。姿形を優先せず威張らない。どちらかというとデザインやアートが苦手なサイエンスや技術に帯同し、目立たずに、工学(工は天と地を結ぶ人の営みという意味だ)の視野に入るデザインを呈示するものだ。しかしその工学の視野は広い。生命圏を形成する地球の極薄の膜に浸透するしたたかさをもっている。 地球の循環という想像力も担保する(子細は竹村真一との対談参照)。 生物学を専攻した科学技術ジャーナリストで、ユニバーサルデザインの研究者、赤池学の活動の場面は実に幅広い。地方自治体の産業創出、地域資源によるものづくり(間伐材のデザイン化)、プロジェクトを介したサイエンス、工学とデザインの融合(愛・地球博、洞爺湖サミット、APEC JAPAN 2010など)、循環という待ったなしの課題への提言(洞爺湖サミット「ゼロエミッションハウス」、大手町カフェ)など多岐にわたる。
アートと技術の化学反応によって、赤池学が標榜するのは「地球もステークホルダー」という自覚である。世界に先んじて心の中のパンドラの蓋を開けてしまた日本、およびその中のデザイン領域が忘れてはならない自覚であり、KU/KAN賞として記憶したいと願った。
空間デザイン機構理事長 飯島直樹
年鑑日本の空間デザイン2012 / 六耀社