KU/KAN賞クロニクル
KU-KAN賞2007選評 再掲載
「杉本貴志の空間デザイン『しるし』」
選評
杉本貴志の空間デザインの根底にあるモノを評価したい。その根底は、いわばメートル原基のようにして35年間の業績に持続している。
空間デザイン機構は、そのような杉本貴志のデザイン活動に萌芽したデザインの「根底」とその発想である35年の空間デザインの業績に対して、2007年のKU/KAN賞を選定した。
杉本貴志はデザインの活動の出自を、造形したり装飾するデザインの風土の対岸に置いた。いわば「アンチデザイン」に自らの根拠を置いたのである。1960年代末のことである。 杉本がアンチデザインの手だてとしたのはコトバや概念ではなく、そして造形でもなく、概念と物が一体化した「しるし」のようなものであった。 物、素材、光といった即物的な物質の属性を測定する硬質な視点で、造形のずっと手前の、序列化される以前の生々しい「モノ」を空間の場に生成しようとした。田中一光は、その頃の杉本の仕事をノイエザッハリッヒカイト(新即物主義)と評し、20世紀初頭のロシアフォルマリズムの類縁性を指摘した。杉本の「しるし」は、そのような20世紀に通底する空間デザインの世界動向の一つとして、当時の先鋭的なアートや思想的動向、社会現象ともリンクした時代の「しるし」でもあったのである。 創生期のY’sの最初の店舗、バーラジオやストロベリーなど初期の空間デザインは、そうした「しるし」の実践的な試みであった。1983年のPASHU LABOは初期の仕事の集大成であり、インテリアデザインという装飾的な領域に、アトモスフィアにもたれかかることなく、物、素材、光などの物質の属性に着眼し、独自の世界をもたらしたことにおいて記憶されるべきである。 杉本貴志の今に至る仕事の特長は、このようなデザインの「しるし」を濃厚に保ちながら、空間デザインの活動領域を拡張したことである。
一つはプロデューサー。オルガナイザーとして空間デザインの活動領域を押し広げてきたことである。創生期から続く無印商品への参画と店舗デザインは、日本に固有の生活の「素」の文化を界へと伝達させた。東アジアを背景とした食文化を発信する春秋や、多くのデザイナーを起用した食空間の大型コンプレックスSHUNKANのプロデュースは、食の空間のフェーズを大きく広げた。
もう一つは世界観である。日本での今日に至る業績は海外で高く評価され、杉本のデザイン活動は世界に拡張する。シンガポールのグランドハイアットにはじまるアジア各国のハイアットホテルの空間デザインは、アジアのリージョナルな文化特性が、現代のデザインを介して世界性を得るだけでなく、21世紀の空間文化の方向性として浸透することを示した。 このような拡張にもかかわらず、杉本貴志の空間デザインには一気通貫するデザインの「しるし」がある。そして35年を経て、それがいまだに空間デザインの領域においてリアリティをもち、世界性を得て、なお独自であること、そして何より美しい「しるし」たり得ていることにおいて、2007年のKU/KAN賞とした。
KU/KAN賞2007年審査委員会委員 飯島直樹
年鑑日本の空間デザイン2013 / 六耀社