- 小さい空間というオルタナティブ
小さい空間というのは、ムダが削り取られて合理的。よけいなことを考える一歩手前で「これでいいのではないか」といういさぎよいところがある。コンパクトショップも、大方はそんな次第で出来上がっている。でもそれだけだろうか。小さい空間ならではの特化された領域があるのではないか。このことについて、少し申し述べたい。
ガストン・バシュラールの『空間の詩学』という本は、昔読んだきりなのでうろ覚えだが、その中で、小さい空間への思い入れとその魅力について解き明かした部分だけはよく覚えている。屋根裏部屋への憧れは誰にでもある。そんな自閉的な気持ちが異常なことではなく、小さなことに特有の空間体験であることを教えてくれた本である。 小ささへの空間指向 -小宇宙への憧憬- は1970年代の時代の気分でもあったから、その頃ガストン・バシュラールの本はよく売れた。
『空間の詩学』は現象学という学問の本である。難しそうだがすこぶるおもしろい。さまざまな空間現象の詩的な側面を分析する中で、偏執的ともいえる空間の特質を、たとえば蜂の巣や屋根裏部屋などの小さな空間に見出す。小さい空間というのは「ヘン」なところをもっているのだ。妄想やねじれた想像が宿りやすい。どうもそうらしい。事実、古今の小さな空間デザインに、どう見てもフツーではない事例がある。
たとえば利休の茶室。
極小ともいえる二畳の茶室には、その普請としての到達を上まわって、利休のねじくれた小ささへのオブセッションが感じられる。あの小ささは、やはりヘンだ。
それからコルビュジェの「カップ・マルタンの休暇小屋」。
あの建物のコンパクトさは、機能的な最小ではなくて、狭さへの何か異様な執着心からの最小であり、そのデザインがコルビュジェにしては何の変哲もないだけに、小ささがヘンに際立っているように見える。
もっとヘンなのはフィリップ・ジョンソンの自邸群。
とても有名な現代建築作品として知られている。小箱のようなガラスの家、埋もれたギャラリー、わざとスケールを小さくした古典的デザインのパヴィリオンなどが広大な敷地に点在する。どれもが小さく、彫刻的。オブジェに見える。美しいけれどヘンだ。フィリップ・ジョンソン主催のパーティに実際に招かれたことのある友人は、ベットリとした空気が充満していて「とてつもなくヘン」といいきる。
茶道や建築を極めた才人たちの小さな空間。彼らの偉大な業績に比べればマイナーな仕事である。しかしそこには、密かに隠しておいたほうがよいものが生々しく露出している。小さな空間への強烈なオブセッションがある。それは小さな空間が生み出す空間デザインのオルタナティブといっていいのかも知れない。
デザイナーズコンパクトショップ / グラフィック社 / 2007.02