- 年賀状
手元に九枚の年賀状がある。
毎年同じ官製ハガキで届けられており、二〇〇二年まで続いた年賀状である。九枚を並べてみる。文字は鉛筆で書かれ、硬質で少しいじけたような文字だ。裏はローマ字である。ローマ字は下に記入され、上部は一枚を除いてすべてフロッタージュの絵になっている。
絵は、驚くことに毎年同じモチーフで、フロッタージュのものは4Bくらいの鉛筆で強くこすり写されている。一枚の例外のものも、木版の赤という点が違うけれど、やはり同じモチーフだ。
絵は葉のようにも果実のようにも見えた。最近になってはじめて知ったのだが、それはサヨナラをしているハンカチと手であったらしい。年賀状にサヨナラなのだった。
最後の一枚は絵の下に、2002 I,WAKABAYASHIとあり、その横に[I.W]のハンコが押してある。九枚の年賀状は二〇〇二年で終わった。彫刻家若林奮さんは、二〇〇二年十一月に入院。ガンを告知され、二〇〇三年十月十日に亡くなられたのだった。
原宿にあった小さなバー「ラジオ」のデザインの仕事で製作を共にして以来、年賀状だけが行き来する淡いお付き合いだった。物質と物質を包み込む空気の間にある(見えない)振動、というとムズカシク聞こえるかもしれないが、僕はそれを確かに若林さんから学んだ。果たせぬことながら、そういう次元を一瞬でも手中にしたいと願った。
生前に企画された小さな展覧会が亡くなられた直後にはじまった。そこで、僕にとっての若林さんの最後のハガキを買うことができた。日の出町のプロジェクト「緑の森の一角獣座」にまつわる作品で、赤く着色された五本の足の犬が逆さになって死んでいる銅板のハガキだ。年賀状と同じように五本足の逆さの犬の下にはSUNRISE 1997.8.7 I.WAKABAYASHIと刻まれている。
花のかい 2003・冬_テーマ:自由